習慣を変える科学的な方法

2019/10/14

よい習慣を身につけて、悪い習慣を捨てたい。みんなそう思っている。でも現実問題、それは難しい。

もし悪い習慣をすべて断ち切り、身につけたいと思っている良い習慣をすべて自分のものにできたら、人生はどれほど変わるだろう――

なぜ習慣を変えるのはこんなに難しいのか?

それは「習慣」というものが、人間の――というより動物の――本能に近いレベルで処理されているからだ。

呼吸は自動的に行われる。呼吸の仕方を意識的に変えようと思ったらどんなに大変なことか、そもそもそんなことが可能なのか、想像してみてほしい。

そして事実、習慣というものは、脳の中で呼吸を司るのと同じ部分が担当しているらしいのだ。

だとしたら、僕らの貧弱な意志の力などでは、到底太刀打ちできるものではない。

でも、習慣を変えることができないわけではない。変えることはできる。実際に、意識的に良い習慣を身につけようとして成功した人が(それほど多くはないが)いる。

彼らが尋常でない意志力を発揮したからではない。

彼らは自分ではそうと意識していなくても、習慣を変える「うまいやり方」を発見し、それに従って行動したから成功したのだ。

習慣と記憶

そもそも「習慣」とはなんだろう?

「記憶された動作を、無意識的に繰り返し行う」ことだろうか。

だとすれば、習慣は「記憶」と深い関係がありそうに見える。

だけど、実はそうでもないらしい。

通常の「記憶」1は脳の中でも有名な「海馬」というパーツが担当している。

一方、「習慣」は「大脳基底核」という耳慣れない部分が関わっているらしい。これは脳の奥深く、中心部にある2

習慣と記憶が違うものであるということを端的に示す例として、病気で脳にダメージを受けた男性の話がある。

彼は海馬を含む脳の一部に損傷を受けて、ものを記憶することができなくなった(それ以前の記憶は残っている3)。大脳基底核に損傷はなかった。

あるとき、彼は家族とともに新しい家に引っ越さなくてはならなくなったが、記憶ができないので、トイレの場所もキッチンの場所も覚えらない。

リビングにいる彼に「トイレはどちらの方向にありますか?」と聞いても「わかりません」と答える。

にもかかわらず、彼はひとりでトイレに行けるのだ。

おそらく最初は家族に付き添われていたのだろうが、何度も何度も繰り返すうちに、通常の記憶とは違うメカニズムで、習慣として定着したらしい。

キッチンに行って冷蔵庫を開けて、ベーコンエッグを作ることも出来る。(でもさっき朝食を食べたことは覚えていないので、なんども朝食を取ってしまう)

さらに驚くべきことに、家族と一緒に散歩をする習慣ができると、一人で外出して帰ってくることさえできるようになったのだ。自分が街の中のどこにいるかも、自分の家がどの方角にあるかも皆目わからないという状況で!(もちろん、家族は大いに心配したようだが。)

習慣のループ

習慣は、キュー(きっかけ)、ルーティン(行動)、報酬から構成される。

メカニズムは非常に単純だ。

何かのきっかけをもとに、ある行動をする。それで報酬が得られると、つぎに同じきっかけがあったときに、報酬をもう一度得ようと、同じ行動をするようになる。

よくある動物の実験で、ランプがついたときにボタンを押せば餌がもらえる、というのを想像するとわかりやすい。

何度も繰り返すうちにキュー、ルーティン、報酬のループはより強固に、そして自動的になっていく。これが習慣と呼ばれるものだ。

このことを知らないで習慣を変えようと思うと、おそらく行動(ルーティン)だけに意識が向くだろう。

だが、実はその前後にあるキューと報酬を意識することがとても大切なのだ。

キューと報酬を意識せずに、ただ行動だけを行っても、それは習慣ではなく単発の行動に過ぎない。

それでは毎回意志の力が必要になってしまう!

正しい習慣の変え方

キューと報酬はそのままで、ルーティン(行動)だけを入れ替える。これが習慣を変えるときの鉄則だ。

ところで、一度身についた習慣は、消去することはできないらしい。

悪しき習慣を意志の力で抑え込むのが不可能なのは、このためだ。

例えばタバコをやめようと思ってしばらく意志の力で頑張っていたとしても、ちょっとしたきっかけ(ストレスなど)で自動的にタバコを1本手に取り、無意識のうちに火を点ける。

意志の力がゆるんだ瞬間に(いつかは必ずゆるむものだ)、眠っていた習慣のループが再発動する。

  • ストレスを感じる(キュー)
  • タバコを取り出し、火をつけて一服する(ルーティン)
  • ニコチンの受容により供給されるドーパミンによって、幸福感を得る(報酬)

この習慣を脳から削除することは残念ながら出来ない。だが、新しい習慣で上書きすることはできる。

タバコをやめたいと思ったら、まずはどんなときにタバコを吸いたくなるのか(キュー)を把握する必要がある。

次に、タバコを吸うという行動によって自分がどんな報酬を得ているのか突き止める。

そして、同じような報酬が得られる代わりの行動(ルーティン)を考えるのだ。

例:早起きする

例として、「早起きを習慣にしたい」場合を考えてみよう4

まず、スマホのアラームを5:30にセットする。念のために、6:00にもセットしておこう。 さらに、会社に遅刻しないための最終防衛ラインとして7:00にもセットする。

あなたが僕と同じような人間なら、たぶんこの戦術5はうまくいかない。

5:30にアラームが鳴ったら、「起きなきゃ」と思いつつもバックアップが2つもあったことを思い出し、安心して二度寝する。6:00にセットした第二防衛ラインも同じように通過する。最後の7:00のアラームで飛び起きて自分の意志の弱さを呪いながら会社に行く…

もしかしたらこの戦術を取り入れて最初の数回はうまくいくかもしれない。でも、一度でも失敗すると6、だんだんと「アラームを止めて二度寝」というパターンが「習慣」になっていく。

さて、この「習慣」をどうやって改めるか。

何しろ寝起きだ。ただでさえ弱い意志力に頼れるシチュエーションではない。

キュー、ルーティン、報酬のループに注目してみよう。

この場合、キューはわかりやすい。アラームが鳴ることだ。

現状のルーティンは「アラームを止めてもう一度寝る」。

報酬は、「二度寝することによるつかの間の幸せ」だろうか。1時間半後には後悔と自己嫌悪に変わるのだが、そんな未来のことは、寝起きのぼんやりした頭には思考の端にものぼらない。

キューと報酬はそのままでルーティンだけを入れ替えるというのが、習慣を変えるときの大原則だ。

新しく差し替えたいルーティンは「目覚ましを止めて起きる」ことだ。

だけど、ここで問題が生じる。

前述したように、いまは寝起きだ。ぼんやりした頭で今までと違う行動を意識的にするのは難しい。

そこで、ちょっとした小技を使う。まずはアラームをセットするスマホ(または目覚まし時計)をベッドからできるだけ遠ざける。

前日の決意(「絶対起きるぞ!」など)を書いたポストイットでも貼っておけば完璧だ。

さらにもう一つ問題がある。習慣を変えるには「報酬」はそのままでなくてはならない。新しいルーチンを習慣として定着させようとしても、得られる報酬がなければ長続きしない。

二度寝することによって得られる、ベッドでゴロゴロする幸福感はなにものにも代えがたい。

ただ目覚ましを止めただけでは、二度寝の誘惑に勝つことは難しい。せっかくはるばる遠くにアラームを止めに行ったのに、すぐにまたベッドに戻るという習慣が定着する7

僕は、「ルーティンが終わった瞬間」に得られる報酬が大事なのだと考え、「ルーティンを拡大する」戦術をとった。

つまり、アラームが鳴ったら「アラームを止め、軽い運動(ラジオ体操など)をし、コーヒーを淹れる」ところまでをひとつのセットにしたのだ。

こうすると、コーヒーのいい香りがささやかな幸福感を演出してくれる。

さらに、運動とコーヒーのおかげで目が覚め、冷静な判断力がようやく姿を現す。後悔や自己嫌悪の代わりに、自分が計画通りにやりおおせたことに対する満足感を感じるようになる。

この作戦はうまく行った。早起きできたという達成感と早起きによって生まれる時間に満足して、もとの二度寝するという習慣に戻る気がしなくなったのだ。

新しい習慣が根を下ろすと、ベッドでゴロゴロする幸福感などは取るに足りないものと思うようになっていた。

まとめ
  • 習慣は記憶とは全く違うメカニズムで、脳の基本機能となっている
  • 習慣は「キュー」「ルーティン」「報酬」のループが繰り返し強化されることで形成される
  • 習慣を変えるには「キュー」と「報酬」はそのままで「ルーティン」を入れ替える

  1. ここでの「通常の記憶」とはいわゆる長期記憶のことを指す。
  2. 脳は、中心に近いパーツほど、生物の生存に必要な基本的な機能を提供していると考えられる。人間やその他の高等動物は、その外側に新しい脳のパーツを増築することで高度な知能を発達させてきた。
  3. これは、記憶の形成には海馬が関わっているが、しばらくすると記憶のデータそのものは大脳皮質に転送される、ということによるものらしい。
  4. ここで述べるているのは、だいたい僕の経験そのままだ。
  5. 僕はこの「多段階アラーム」の戦術を高度に発展させ、15分おきのアラームを5時から7時まで9個セットすることで完成形に至った。……言うまでもないことだが、こんなことをするくらいなら、最初から7時にひとつだけ設定しておいたほうが熟睡できてよかったと思う。
  6. 実際、一度失敗すると、次からはもっと簡単に諦めやすくなる傾向がある。「これが初めてじゃないんだし」と思うことにより、心理的なハードルが下がるからだろう。ちなみに、この「一度失敗するとどうでもよくなる」という現象には「どうにでもなれ効果 (What-the-hell effect)」という面白い名前がついている。
  7. これももちろん経験済みだ。